ー本記事は2024年2月8日に公開済みですー
2024年の幕開け。
新年の始まりが1月1日だろうと2月4日だろうと
そんなものはどっちでもいい、とはっきり言いそうな人
それがチバユウスケではないでしょうか。スー(@bacteria_suzu)です。
本日もお越しいただきありがとうございます。
そう、だからね、これまでの26年間もこれからの何十年も、チバユウスケは私の中で変わらない人なんです。
こんな存在と出会えたこと、これが私の人生に元々設定されていた事だとしたら当たりくじだね。
この世界中で起こるいろんな出来事に心が乱れるとき、やっぱりチバはチバだよな〜っていつも思わせてくれたから。
そして2023年11月26日に天に召された時が境目でもなくて、私の中で変わらない揺るぎない存在という安定感ゆえに、界隈が騒ぎに騒いで一気に界隈を悲しみで埋め尽くしていた年末年始でさえもあり得ないくらいの平常運転で生活をしておりました。
なんともねぇ。
こればっかりは、自分で自分がわからなくなりそうでしたよ。
「おいおい、せめてちょっとは涙に暮れろ」
と言いたくなるくらいに。
あ、申し遅れましたが、今回は久しぶりの投稿であるとともに非常に私自身の歴史的偏愛的内容の記事となっていくと思いますので、気分を害する予感のある方はお読みにならないことをお勧めいたします。
ただし、この記事こそが私の真髄を象徴するものとなる可能性も多分に秘めておりますので、興味がない方もちょっと覗いてみられることも同時にお勧めしておきます。
では、チバユウスケがいなくなった世界で書くこの記事がどんな展開になるか楽しみですね。
12月5日何をどう考えても「チバさん辛かったやろな…」
2023年12月5日忘れもしないのどかなお昼時の車の中。
農作業を終えた私は、立ち寄ったコンビニで空腹を満たすために買ったなんでもないパンの封を開け、同時にスマホの画面を開け、何気なくInstagramのアプリも開けました。
そんな間抜けなタイミングで今世紀最大重要発表を目にするなんてね。
それは、公式発表という、もうどこにも誤報の余地のない揺るぎないお知らせがアップされた8分後のことでした。
チバユウスケに関しての大切なご報告
かねてより回復に向けて懸命の治療を続けてまいりましたが、思い叶わず2023年11月26日に家族に見守られ穏やかに息を引き取りました。
静かに見送りたいとのご意向により、親族とメンバーで葬儀を執り行いました。
春先の療養のご報告から約半年間、たくさんの心強く温かい励ましのお言葉をいただき、静かに見守っていただいたことに感謝いたします。
お別れの会を設けさせていただきたく、準備を進めてまいります。こちらに関しましてはあらためてご案内させていただきます。
チバユウスケへの数々の大いなる御支援に深く感謝申し上げます。
株式会社ベイス
tInstagram @thebirthday_official
ユニバーサルミュージック合同会社
The Birthday クハラカズユキ,フジイケンジ,ヒライハルキ
私の身近には同じくらいの熱量のチバユウスケファンはいません。
地元にもいません。
ネット上にもライブ仲間もいません。
一緒にミッシェルのライブに行ったりしていた友達は岡山時代にいたけど、たぶんもうバースデーとかは知らないんじゃないかな。
そんな感じで日頃から私もチバさんチバさんと熱く生きていたわけではありません。
がしかし、確実にその姿を背中を追いかけていました。
何よりもライブで見るチバさんたちが好きだったし、音楽もかっこいいし大好きだし、飾らなくても全部がかっこいいという奇跡のような存在であることは否めないのです。
チバさんをプライベートで知る方たちの言葉からもわかるように
「あんなに裏表のないロックンローラーはいない」
ということらしいですから、そりゃこっちにも伝わるはずですよね。
だから、単純に病気と闘っているイメージができていませんでした。
私にとっては偶像レベルの存在なのでやはりリアリティがありませんでしたね。
病室で寝ている姿とか、ちょっとね。
だけどこの一報を見たとき、確実にご自分の身に起きている事柄と向き合ってこれまでの当たり前を変えたりして努力されていたんだ、と、やっとイメージが結着した気がしました。
チバさんはご自分の生を誤魔化さずいつものごとく
「変わらないために変わるんだ、当たり前だよ」
と新生チバユウスケになるチャンスと言わんばかりにきっと前を向かれていたんだなと。
きっと多くのファンの方が
「あのチバだから、いつかふらっと帰ってくるよ」
と思っていたと思います。
私もその思いと「もしかしたら・・・」の思いとの間で揺れたりしていました。
でも、待つしかないなですよね。
そして起こる現実を受け止めるしかないんです。
ファンってある意味勝手に盛り上がってるだけですから。
私たちはチバさんたちが創り出す音楽が好きで夢中になれた。
その大好きな音楽の新しい展開を、今後は見ることができないという悲しみはある。
だけど、作り手である人たちの思いはその悲しみとは次元が違いすぎて訳の分からない領域に達していたのではないかと想像してしまいます。
第一報を見てそんなことを考えたもんだから、もう私の中ではチバさんがいなくなった現実を悲しむというドラマが一切始まらなかったのかもしれません。
一瞬は震えたけどね…。
1月19日献花の会に行かないという選択「私もあなたのように自分を存分に生ききるよ」
献花の会に行っても行かなくても、そんなもんどっちでもよかった。
これは私が思っていることです。
そして今だからそうやってぶっていられる、とも言えます。
私だって、もし東京近辺に住んでいたら迷わず応募したと思いますよ。
誰にも平等なチャンスとは言い難いと思いましたが、もちろんある意味誰にでも平等ではありました。
遠くたって、家族がいたって、最初は応募してみようと思いました。
が、辞めました。
小さい子どもがその事でちょっとでも不安になったり家庭内が妙な空気になるのが嫌でした。
自分がそう思っているだけなんだけど、行かないで後悔した方がいいなと決断。
現実主義というか、フットワークが軽くないというか、そこまでしなくていいやとあっさり。
近年のライブも、ここだけは絶対行く!という場所だけは死守しましたが、無理をしてまでさせてまでは行かなかったな。
チバユウスケという人を知った、この全人生の運を使い切ったのではないかというくらいの出来事、なんだかそれだけで十分な気がしませんか?
しかも幅広く地方を回ってくれたりフェスの出場も多岐にわたっていたから、会おうと思えばそこまで苦労しなくても会えました。
テレビには出なくてもそこそこ露出もあったし、チバさん本人と関わった人たちはチバさんのいろいろを話したくなるのですかね、およそあの域には到達できないであろう人の言動をいろいろと知ることができた。
日々の平凡な暮らしの中で、そういうものに触れられるということが私にとってまさに泉のような感じだったな。
チバユウスケのことが好きな人は、チバユウスケみたいになりたくなるよね。
ファン心理ってみんなそうか。
会いたい、触れたい、話したい、というよりあの生き様を真似したい、の方が強くなると思う。
ロッカーとしてステージに立つヒーロー像ではなく、普通に生きるにあたってあの心意気を持ちたい、そっちだと思う。
チバさんが亡くなってから、プライベートでチバさんを知る人達の発信をたくさん目にするようになった。
その全部が揺るぎないチバユウスケだとわかるし、生き様だよなぁと思う。
嘘はつかないかもしれないけど、思っていることを何でもかんでも吐き出すというアウトローではない。
いつも品があって無駄がない。
シャイだからお酒は多めに飲んじゃうけど、それくらいの振れ幅がないと存在として逆に危うくなるんじゃないかとさえ思う。
私はあんなふうに、仮面を一切被らず自分の存在そのままに生きてきたのか?
うなずけないのであれば、今日から意識をしてみようと思う。
ファンの戯言だとして「あなたのファンで本当に良かった」
推しについての考察なんてね、それはもう最も俯瞰するのが難しいネタでありますよ。
しかし、せめてチバユウスケという枠の中でできる限り俯瞰して書いてみようと試みました。
結果、ファンの戯言であることは認めざるを得ませんが、亡くなって悲しくてもうどうしていいか分からない、というミクロ視点でないとは言えそうですね。
最後は、さらにちょっと厳しめにこのブログならではのまとめ方をしたいと思います。
私がなぜこのように冷静かつフラットな感情でチバさんの死に向き合えているかというと、
自分の生を生きているからだと思います。
チバさんのように思う存分生き切ってはまだいないけど、自分の事で忙しい分日々の生活をなんの滞りもなく淡々と繰り返せているのだと思う。
想像してみてください。
The Birthdayのメンバーの方たちの心境を。
欠けたところの大きさを。
その状況でこの先の道を一歩二歩と進んでいくには・・・。
それぞれが自分自身というかけがえのない生を存分に味わいながら生きていくのですよね。
献花の会や映画再上映の話を家でしていたら旦那がこう言いましたよ。
「推しがいる人の気持ちがまっっっっったく分からない」
軽蔑しているとか茶化しているとかではなく、本当に不思議なのだそうです。
実際、私の推し活には私が引くくらいいつも超協力的です。
みなさん、今にも口から出そうになっていませんか?いやもう出ちゃってますかね。
「いやいやいや、チバの場合はそこら辺の軽いオタクや推し活勢とまっっっっっったく違うから」
ってセリフが。
私は心からこう言います。
「チバさんのファンでよかった!」