【進化論】が崩壊する世界的大ニュースが日本では報道されないという謎





あまりにも当たり前に感じていたことが、ある日突然覆るということは誰しも信じがたく思います。

信じたくないかもしれません。

教科書に載っていたし、

先生が言っていたし、

それが当たり前で普通の事だと思っていたし、ね。

特にイエス・キリストの存在についてほぼ無視し続けてきた日本においては、そのような神様信仰チックな考えはややタブー視されていると言えます。

仏様は人間であり、修行によって悟りを開いた偉い人。そのような人を信仰の対象にしている多くの日本人にとって、進化論が間違っていようが、嘘であろうが、どっちでもいいのかもしれません。

私はどちらかというと、苦行に耐え悟りを開いた偉人たちは尊敬に値するもの凄い人物だと思います。そして、命の根源ということを考えるとき、それは進化論ではなく創造論の方が真実かなと思います、スーです。

本日もお越しいただきありがとうございます。

今回も前回に引き続きからのお届けですよ。

私たち人間の祖先は700万年前に現れた猿です。 学校の授業でそう教えられてきた「進化論」ですが、これ、信じます? 学校という...

まだまだこのには興味深いものがたくさんあるので、もう少しの間浸かっていることにします。

よかったらみなさんもお付き合いくださいね。

子供たちはやはり【進化論】を習うのだろうか

もはや、進化論について確固たる証拠はほぼありません

そこにあるのはダーウィンが動物を観察し調べ抜いて出した、ある特定の生物についての進化論のようなものだけです。

しかし、進化論という論理は子供にとってはとても興味深いかもしれません。

私もそうでしたし、なんら疑うことなく信じてきました。

神様や宇宙という存在について

神様を信じていないかというと、そこは別問題なのかもしれません。

神様はいるけれども、人間を創ったなんていう禍々しい事は空想の世界で、お空のどこかには必ず私たちを見守ってくれている神様のような存在がいる、そんな感じで解釈している人は多いのではないでしょうか。

不思議なもんですが、完璧な無神論者というのはなかなかいないかもしれません。

世界的に見れば、進化論を支持している人と否定している人の差はほとんどないと言ってもいいくらいです。

日本ではどうでしょうか?

こんなことを考えているなんて、バカみたい?

ただの暇人がすること?

どっちでもええわ!

といった態度の人が大半でしょうか。

確かに、毎日慌ただしく生活している現代人にとって、「自分の存在意義」を真剣に考えることが有益には思えないですよね。何も生み出さないように思えますよね。

しかし、その「存在意義」をふっと自分の中に落とし込めた瞬間から世界は変わります

これは間違いありません。

気付きを得て納得し、全てが繋がった瞬間から「私の存在意義」そのものが全てだとわかるのです。もちろん利己的な意味ではありません。

気付いたと思った時に「虚無」になり、絶望し、生きる意味を見失うような「論理」は全くのデタラメのものなのです。

ここはよく注意してくださいね。

本当のことを知ったら、絶望なんてありえないです。

そこには本当に「愛」しかないですから。

私が理解する神様や宇宙というものは「愛」であると断言できます。

【進化論】ではない新しい生命の誕生に関する理論がない

進化論を推奨してきた存在もまた、人間です。

本当の意味を知ってしまったからといって今さらなかったことにはできないのでしょう。

あまりにも普遍化して広まりすぎたこの論理は、覆すための強力な別の論理がはっきりと根拠を持って示さなければちょっとやそっとじゃビクともしません。

もちろん偉大な科学者や考古学者、生物学者などは進化論の根拠の弱さや間違いにすぐに気付き、声をあげて反論にまわっている現実もあります。

しかし、結局は「神様」「知性ある存在」「キリスト」「聖書」などという概念的なものに行きつくので、根拠は?と問われて証拠を明らかにすることは難しいのですよね。

【進化論】が飛躍しすぎていることは科学的に明らかである

進化論にも多大な弱点があり、それを多くの人たちは気付き、実際に研究・調査して間違いである可能性を示唆してきました。

「間違ったら謝る」

こんな基本的なことをやれない大人が、子供達に何を教えられるのでしょうか?

進化論が正しいと、大人たちは胸を張って言えるのでしょうか?

もう誰の目にも明らかな間違った論理であると、世界中の人が気付き始めています。

「嘘を教えた大人」にならないように、自分が納得できないことは子供に教えてはいけないのではないでしょうか。

ダーウィンはうすうす感じていたかもしれません。ガラパゴス諸島で見た鳥のくちばしが環境によって独自の変化を遂げていると気付いたまではよかったですが、そこから飛躍してしまったのです…。全ての種においてただ一つの共通する祖先に由来すると…。なんの根拠もないのに、人間が猿から進化した生物であると…。

ダーウィンが、未来にそれに関するはっきりした根拠が現れることを期待していたことは、進化論の不安定さを物語っています。

ダーウィンは知らなかっただけ

「進化論は仮説であり、異論も反論もあるだろう」そう言わざるをえなかったダーウィンも、進化の途中を証明する「中間種」の化石が、彼の存命中には遂に出てこなかったことに胸を揺さぶられたのではないでしょうか。

しかし、今、私たちはダーウィンよりももっともっと確かなことをたくさん知り得ることができます。

日本ではなかなか公開されない情報も多いですが、この世を愛を持って見つめている尊敬すべき方々は表現規制の少ないインターネットや、書籍などで詳しく解説してくれています。

論文や科学誌なども見ようと思えば可能です。

細胞の中の中まで調査できる現代において、それでも進化論を証明するものが何もないとなれば、一体誰が進化論を信じる事が出来るのでしょうか。

昆虫を気が遠くなるくらいの時間観察し続けてきたファーブルは、一貫して「進化論」に反対していたと言います。それは彼の見続けてきた昆虫が全てを教えてくれたからです。

昆虫の行動は恐ろしく機械的である。ある目的を達するためには順番に過程をこなしていかなければ次に進めない。それを確かめるための実験をファーブルはなんと40回も繰り返した
またある種の蜂の習性として、餌を一度麻酔で休ませ、自分の幼虫が食べやすいように外科手術のようなことを行うという。
これらを「進化論」では説明できないというのがファーブルの主張で、仮にこれが進化の過程で習得した技術だとしたら、その過程において幼虫は育つ事ができず死んでしまうからだと。
こういう昆虫の機械的行動は、あらかじめプログラムされているとしか思えない。

ダーウィン自身がこの昆虫の習性を目の当たりにしていたら、進化論はなかったのだろうか…。

【進化論】は完全に崩壊した?

では、知らなかった人は今日から進化論はなかったことにしましょうか。

出来ますか?

もちろん、自分でたくさんの情報を紐解いてからですよ。それで結論を出しましょうか。

我が家では、8歳の長女が最近「妊娠・出産」関係の本ばかりを図書館で借りてきます。もちろん私は無関係ですよ。さらに、映画「十月十日の進化論」をいたく気に入って何回も見ています。

なぜ?性の目覚め?

面白いことに、ちょうどその時期とシンクロして私もネットでこの「進化論崩壊」の記事を偶然見たのです。(※In Deepさんはご自身で論文などを翻訳されている大変知性のある方だと思います)

これは娘にどう伝えるか考えるべき時期かもしれないと思い至りました。

進化論をインプットされる前に…

徹底した調査が行われた

アメリカで行われた研究でその真実は明らかになったのですが、この調査・研究というものはかなりの信頼できるレベルであり、これを否定するということはDNA研究そのものを否定することになるので、現実的に無理があります。

そして、これはかつてなし得なかったすさまじい研究であると言えます。

  • 10万種以上の生物種のDNA
  • アメリカ政府の遺伝子データバンクにある500万以上のDNAの断片

これらを徹底的に調査したのです。

現存する9割の生物種はほぼ同じ時期に地球に現れた

この研究の最も驚くべき結果は、

人間を含む現在地球上に存在する生命種のうち90%10万〜20万年前に出現したことが明らかになった

ということです。

ほぼ全ての生命種が同時に地球上に現れる?

どうですか、このぶっ飛んだように思える説。

20万年前以前の生物は一体どうしたんでしょうか?

地球に何かが起こったのは明らかですが、ワクワクしてきますよね、そんな大規模な異変って。

かなり精密なDNA解析を行って得た結果は、

ほとんどの動物が人と「中立」な遺伝子変異にばらつきがないこと。
この「中立変異」は、世代を超えて生じるDNAの微小な変化で、生物個体の生存可能性に対しては有利にも不利にもならない。言い換えれば、進化を後押しすると言われてきた「自然淘汰」中立変異が無関係であることを意味する。

現代人のレベルをはるかに超えた文明が、幾度となく現れては壊滅しているという発見は、世界中の至る所で見られます。

これは、今回の調査の結果のように、ある一定期間持続した生命体が何かのきっかけでほぼ壊滅し、また何かのきっかけで誕生しているということの現れではないでしょうか。

誕生→発展→壊滅

これを繰り返している地球…。

古代にはロマンが溢れていますね。

やはり【中間種】は何もなかった

今回のこの種の研究では、予期しない別の発見も得られています。

それは、

生物種には非常に明確な遺伝的境界があり、2つの間に位置する【中間種】は何もなかった

というものです。

聖書には最初からこう書かれていました『全ての生物は種類にしたがって創造されたと。

ダーウィンの進化論において、進化の過程であるべき【中間種】は生命体として存在するはずです。しかし、ちょっと考えてみると【中間種】という完成形でない生物が、果たして高等に進化し生き残ることができるのだろうか。

突然変異劣性であり、その変異においては生命体を進化させるどころか、欠陥障害となって現れると考えた方が自然な気がします。

【中間種】が出てこないのも当然ですね。

これでもまだ進化論を信じられますか?

まとめ

またまた長くなってしまいましたが、愛から始まり愛では終わりませんでした…。

この続きは次回「愛」と「闇」について書いてみたいと思います。

一体私はどこへ向かっているのかという混乱も見え隠れしていますが、きっとみなさんも少なからず存在の意味みたいなことに思いをはせることがあるでしょう。

それが単に空想の世界にとどまらず、れっきとした科学で証明された世界があり、さらにその先に科学では証明できないけれど、実は偉大なる「愛」というものに満ちた世界があったとしたら…。

沼はますます底知れない様相を呈していくわけです。

そんな時は空を見て太陽を見つめて下さい。

生命体が壊滅するとき、それはおそらく空から太陽が消えた時ではないかと思うのです。

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。





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