ブログ記事に書籍の引用を使うことへの態度を今一度見直してみる小心者

ー本記事は2019年3月21日に公開済みですー

自分でサイトを立ち上げ、日々ブログ記事を積み上げている方、

あなたのその記事、なんかいろいろ大丈夫でしょうか?

私は、運営1年を超えた今ふと、

「私の書いている記事、なんかいろいろ大丈夫かな!?」

という思いがこみ上げてきました。スー(@bacteria_suzu)です。

本日もお越しいただきありがとうございます。

ブログ記事数も300を超え、いい感じに収益も伸びてきてちょっと調子に乗ってきている自分をはっきりと自覚したことにより、急にぞわぞわし始めたのです。

今回は、そのことにきちんと向き合うために記事を書こうと思います。

・公開している記事が100%自分の文章とはいえない
・ペナルティー通告はこないけど記事に引用が多い

こような状況・心境の方、これからそうなるかもしれない方、

もしくはすでにやばいことが発覚してしまった方、

自分も含めそんな方の疑問を解決していきましょう!

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公開している記事はすべて自分の文章か!?

ドキ。

このタイトルでもう「やば」ってなります。小心者。

ブログ運営しているみなさんはいかがですか?

特に、収益を上げようとする場合には、自分の日記のような記事をなるべく避けますよね。

自分のカラーを出すことさえも避ける方も少なくないと思います。

そうすると、独自の言い回しではない当たり障りのない文章になっていき、コピペしてもバレにくいという状況になりやすいと思います。

自分のカラーを出しているといえる私も、「コピペで記事を作成しない!」と肝に命じてはいます。

ただ、「これはすべてコピペじゃない!」と正々堂々と言える自分が…ちょっと見当たらないんです…。

自分が知りたいことを調べてアウトプットした記事

なんにもない普通の一般人、特に何かを成し得たとか、今継続して誰かのためになる何かを生み出したり制作しているわけでもない、日々の暮らしをたんたんと生きている私。

そんな私でも書ける記事はあるのか?

最初の方はそんな思いもありました。

でも、

私なりの暮らしのいろんな工夫やアイデアを、知らない人や知りたいと思っている人に届ける機会を作る

これだけでも十分意味があるし、私だからできることではないかと思うようにしました。

ところがこの私なりの工夫やアイデア、それはまったくのから自分自身で考え抜き思いついたことばかりではありません。

視点としては、自分の中に好奇心の種のようなものがあり、それについて常にアンテナを張っているという状態ではあると思います。

そこから、

  • ネットで調べる
  • 本で調べる
  • ライバルリサーチする
  • 検索上位を狙う

というブログ脳が発動し始めるんですね。

そこで、

あ、私が知りたかったことはこれ!
私と同じような考え方・・・わかるわかる!
へーこんなこともあるんや〜、知らなかった!

というようなたくさんの情報に出会います。

当然その情報を知ってよかった、私も参考にしよ、では終われませんよね。ブログ脳ですから。

「これはブログのネタになる」

「アウトプットもかねてまとめよう」

となるんです。

例でいえば、「精油」についての記事なんかはまさにそうですね。

【精油に無知な初心者が精油を大人買い】やるしかないので調べてみた
植物の渾身の1滴、濃縮された偉大な生命のしずく、そんな精油を自分で扱うことができれば面白い世界が広がるんじゃないかなと素直に思えるようになったので、思い切ってスターターキットを購入することにしました。効果を知るためには使ってみることが一番の近道!

一切専門的なことを知らなかった「精油」、それを使ってみるのと同時に記事にしていますから。

体感してよかったからというのとはまるで違います。

けれど、自らの好奇心の種を満たすためにはかなりリサーチしますし、客観的な視点でも捉えられると思うのです。

しかし、これを情報として知らない人にもわかるように記事にまとめるためには、既存の文章を使って自分なりの解釈を含めて構築し直すわけです。

これって、

意図せずして勝手に「引用」、もしくは「他人記事のリライト」では?

体験したことを基にした記事

ハラハラしますね。

曖昧なものを記事にして、地味とはいえインターネット上にアップするということは、自分ひとりの世界の枠を超えた果てしない世界へと流出させていくということですからね。

  • 言い回し
  • 誤字脱字
  • 正しい日本語表現
  • 人を不快にさせないような配慮

いろいろ気にし出すと1日1記事以上をコンスタントに上げていくのも大変です。

そう考えると、焦って記事を量産するよりも、ひとつひとつの記事の信ぴょう性や完成度をあげて、質の維持を優先した方がいいという意見に傾きそうにもなりますね。

しかし、私には強みもあります。

ちょっとおかしな体験談

がわりとあるということです。

そして、それが検索界のスキマ的テーマであることが多いのです。

要は、それについてあまりいい検索結果が出てこないのです。

そこを狙って、しかも実体験に基づいた信頼性のある記事を書くことができれば、それだけでいきなり検索上位に躍り出ることも可能なわけですよね。

こういう記事を書くにあたっても、もちろんライバルリサーチはします。

そこにない情報を組み込んだり、上位記事を見ながらみんなが何を知りたいのかを予測したりして書いていきます。

そうすると、本当に上位に食い込むのが早い時があるんです。

ただ、実体験、使用経験、といいつつも、

すべてを自分の言葉で綴っているのか?と問われれば、答えは「NO」ですよね。

体験したこととその結果だけで記事を構成することはあまりないです。

  • そこに至るまでの経緯
  • いろんな人の体験例
  • 世間一般の考え

なども記事内容に入れていった方が、記事自体が豊かになりますし、読む方も楽しめると思うんです。

そのときに参考にした言い回しや文章を、自分の文章にはめ込む事もなくはないです。

これって、

意図せずして勝手に「引用」、もしくは「他人記事のリライト」では?

レビュー記事

レビュー記事も自分で体験・経験したことを基にしているのですが、どちらかというと一過性のもので、使用感や感想などを記事にするという感じですかね。

この類の記事は、私のサイトには少ない方かもしれません。

本当に、これは知らないと損だよ、と勝手に熱くなっている場合のみ「書かなくては」という使命感から書いています。

案外、いちばん魂こもっているかもしれません。

そんな熱いレビュー記事を書くときに私が心がけていることは、

  1. ターゲットを思い描きながら書く
  2. 間違った情報を書かない
  3. 他の人が見過ごしがちな優れた点を見出す
  4. 楽しんで書く

こんなところでしょうか。

レビュー記事は他の記事と違って、自分のものではないものを堂々と自分のブログにあげるわけです。

当然レビュー対象物への配慮責任が必要になってきますね。

気をつけなければならないところではありますが、基本的にレビューや批評というものはいろんな意見があってなんぼです。

いい意見ばかりでは、逆にその対象物への興味がそがれる可能性だってあります。

だから、正直に述べることが大事ですね。

レビュー記事でやってはいけないタブーというと、

・明らかにある対象物について記事を書いているにもかかわらず、それを伏せている
対象を未体験のまま想像して書いている

といったところだと思います。

これはさすがにやってないと思いますが、そのものを紹介するときに使う画像を外部から引っ張ってきていること、ないですか?

あるあるー。

これってもしかして、

肖像権、著作権、犯してない?

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ブログ記事に書籍の引用を行うにあたって

書籍に限った話ではないですが、「引用」自体はしてはいけない行為ではないです。

「引用」とはっきりわかればなんの問題もないです。

ただし、より質の高い、より多くの人が惹きつけられるような記事に仕上げるには、いくつかの点に注意しなければなりません。

果たして、私の記事は大丈夫なのだろうか…。

「引用」とわざわざ提示しなくても問題ないもの

「引用」とひとことにいっても、さまざまです。

  • 明らかに誰かの独特の文言であるとわかるもの
  • 誰でも思いつきそうなありふれた表現
  • 昔からある決まり文句

これらを自分の文章に組み込んだ場合、どれがアウトでどれがセーフなのでしょうか。

まず、勝手に引用しても問題にならないものから見てみましょう。

⒈ 創作性のない表現
⒉ 事実の伝達に過ぎない雑報および時事の報道
⒊ プログラム言語、プログラムにおける規約および解法
⒋ 法律、通達、裁判所の判決など
⒌ 著作者の死後50年以上経過した著作物
⒍ 公表後70年を経過した映画の著作物
⒎ 思想、感情に当たらない情報それ自体(例:実験データ、時刻表・料金表、レストランのメニュー)
⒏ アイデア(例:推理小説のトリック)

出典:ベリーベスト法律事務所

あとは、勝手にではなくあらかじめ権利者自身の了承を得ていれば、引用・転載を行なっても問題はありませんね。

その人が一生懸命に紡ぎ出した意味深い言葉や表現を、好き勝手に乱用するというのはやはり犯罪です。

もちろん法律でもきちんと取り締まられています。

しかし、この世は人が紡ぎ出した言葉であふれていますし、同じ言葉の使用によって同調や共感を得ることもあります。

NGとなる境界線やマナーをきちんと把握しておくことは、自分が文章を書くときにその窮屈さから解放されるというひとつの大きな武器になるかもしれませんね。

引用する場合のルール

では、書籍などの内容をそのまま引用してブログの記事にアップする場合、どのような決まりごとがあるのでしょうか。

はっきり言って、今まで詳しく調べたことはなかったのですが、元来小心者の私はそれなりに配慮はしてきたつもりでした。

ところが、「アナスタシア」シリーズの展開がここまで加熱するとは自分でも予想外で、

途中から、もう引用なのか乱用なのか私物化なのか、見る人が見たら怪しいのではないかと思うほどに夢中になり過ぎたのです。

単に書籍のレビューという枠にとどまらず、持論やら感想やらを織り交ぜにまぜているので、

「著書およびその愛読者の方々にまで不快な感情を抱かせてしまうかもしれない、これはやばい!」

そう思ったので、今一度見直しているのです。

調べてみると、引用してもいいけれどきまりがあったのです。当たり前やね…。

⒈ 「すでに公表されている著作物」であること
⒉ 報道、批評、研究などのための「正当な範囲内」であること
⒊ 引用部分とそれ以外の部分の「主従関係」が明確であること
⒋ 引用部分が明確になっていること
⒌ 引用を行う「必然性」があること
⒍ 「出所の明示」があること

参考:ベリーベスト法律事務所

これらすべての要件を満たす場合において、引用が許されるということだそうです。

どうかな〜。

すべて、満たせているかな〜。

明らかに引用した部分にはカギ括弧などを付けていましたが、私が説明したいところでは、文章内の言葉を使ってそれなりに似た文章にしてしまっているところもあります。

それによって書籍自体のイメージが悪くなったり、本来とは違った解釈をしてしまう人が出てきたりすると、それは犯罪というものの匂いがしてきますよね…。

それくらい、「他人のものを扱う」ということにおいては慎重になるべきだとわかります。

意図と愛

結局、その記事を書くことによって何がしたいの?

ということですよね。

きれいな文章で面白いネタだから参考にして記事を書き、自分のサイトを検索上位にアップさせたい
自分と同じ感性で、自分もまさに気になっていたことをわかりやすくまとめているから、ぜひインプット&アウトプットしたい
自分も体験してみて本当に多くの人にそれを知ってもらいたいと思ったから、引用を多用してでも記事を書いて公開したい?

そして、どのような内容であっても意図が純粋で愛がこもっているものであれば、悪いようにはならないのではないでしょうか。

当然、それを自分で判断できないといけませんよね。

私も、今一度冷静に過去記事を読み返してみて、

「あー意図が不純やな」
「愛がないな」

と思ったものにはきちんと手を入れて改編していこうと思います。

今回のアウトプットは、とても有意義なものになったと思います。

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まとめ:ブログ記事に使う言葉や引用する文章についてはきちんと把握しておこう

つい最近、「アナスタシア」の記事が26個目になっていることに気づき、このままこの調子で書き続けていけばとんでもない記事数になるなと我に帰ったのです。

そして改めて考えてみれば、最初の方は著者のメグレ氏に対して敬意を払っていたような気がしますが、いまではどうでしょう…。

内容を強調するためとはいえ、ちょっとおもしろキャラみたいに扱ってしまっていた部分もなきにしもあらずでした。

これはいけません。

アナスタシアも言っていました。

本にのせた言葉というのは魂や愛が宿っていれば、それはとても強烈なものとして読み手に伝わると。

そしてアナスタシアはそう型どったのだと。

私がやっていることが、それの邪魔をしているのか、それともその一端を担っているのか…。

いつかわかる時が来るのだとは思いますが、いまは、他人の出版物を扱っている責任を肝に命じて、愛と意図を保ちながら書いていきたいと思いました。

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。



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