【ママ友トラブル】巻き込まれているのではなく自ら起こしているのかも





【ママ友】という、古いような現代風なような言葉が定着したのは1990年代といわれています。確かにそれまではママ友なんて軽やかな言い回しなかったですよね。

親世代の、子供を通しての親同士の付き合いなんてあったのかすら不明です。

近所付き合いがそのままママ同士の付き合いみたいな、狭いコミュニティが多かったのかもしれません。

現在、田舎や地方都市の郊外などでは、古い家屋はどんどん壊され、新しく造成された土地をベッドタウンとして利用する多くの若い世代が流れ込んで来ています。そして、そこに新しく生まれるコミュニティ。

昔ながらの顔見知りの和やかなご近所付き合い、ではない知らないもの同士の乾いた人間関係、そしてそこに渦巻く女同士の本心を隠した探り合い…。

ワクワク!

冒頭からドロドロしそうなヤバイ雰囲気ですね〜。スーです。

本日もお越しいただきありがとうございます。

私自身今現在どっぷりな話題すぎて、あえて記事にはしていませんでしたが、ここの部分をリアルにえぐれるのは「今」しかないと思うので、ちょっと考察してみようと思います。

【ママ友】は【パンドラ】


【ママ友】という世界は入ってみないとその実態はわからないですよね。

(*ここでいう「ママ友」とは主に幼稚園・保育園での付き合いの「園ママ」のこと)

学校や職場での【女友達】と、何が違うの?と思いませんか?

そこには子供という存在を介しての付き合いという独特の縛りがあります。

子供だけではスムーズにいかない関係を補う形で親が介入していく、そしていつしか親同士の親交が深まっていき、ついにはあるママが開けてはいけない「パンドラの箱」を開けてしまう…。

だいたい一人のトラブルメーカーがやっちゃうんですけど、実は周りのママも「待ってました!」とばかりにやんややんや外野で騒ぐんです。

もうそこここに「パンドラの箱」ありますからね。

「地雷」を踏むなんていう言い方をする場合もありますが、地雷なら「Bomb!」と破裂してスッキリ終わりそうですが、パンドラの箱からダラダラと出てくるは無限ですよ。

【パンドラの箱】の起源・・・ギリシャ神話では、神によって作られた人間の世界には、もともと「災い」がなく「男性」しか存在していませんでした。
最高神のゼウスはこれを良しとせず、人間の「女性」を作らせました。その女性に命を与え「すべての神からの贈り物」という意味の名前「パンドラ」と名付けました。そのパンドラを地上の人間の元へ連れて行く際、ゼウスがひとつの箱を渡しました。決して開けないように言われたパンドラですが、ふと好奇心から開けてしまいます。すると中からすべての「災い」が出てきて箱の底に「希望」だけを残した状態でパンドラは慌てて箱を閉めてしまいます。この世は希望のない災いだらけの世界になってしまった…。

女が5人集まれば・・・

だいたいどこの世界も、女が5人集まればトラブルが起きるもんです。

私の周りにはないわよ、なんて言う人も「心のパンドラ」を見て見ぬ振りしているのではないでしょうか。

「欠席裁判」も立派なトラブルの原因ですからね。要は「グチ」です。これも女が5人も寄れば必ず行われると言ってもいいでしょう。

ただ、これはこれで楽しいって事もありますよね。

「私だけが思ってたんじゃないんだー!」

「やっぱりそう思うよね?」

と言う連帯感が生まれ、より親密な関係になれる事もあります。

しかしそれは、常に自分も「裁判」にかけられているかもしれないと言う覚悟を持って挑むべきです。

リア充気取りでも依存でも嫌われる?

ブログやSNSなんかでママ友論をそれらしく書いている人は、大抵「ママ友作らなくてもいんじゃない?」派ですよね。

ママ友の輪に入るとめんどくさい、私は一人でも平気、ランチ会なんて行ったことないと言うスタンスの方で、属に言う「リア充」タイプの方。
リアルな友達は子供を介してない方が本音で付き合えるとかなんとか。

そっちに行っちゃうと叩かれそうですよね。

別にそっちに行かなくてもいいですよね。一人でいいなら一人でいればいいし、貫き通す事も立派かもしれません。でもどこか履き違えている人も中にはいて、挨拶すらしないという態度にまでなってしまうと困りものです。

逆に、誰かと常に行動をともにしないと気が済まないタイプの依存型。こちらも多いですね。

心を許せる友ができ、ある程度は限られた人同士が一緒に行動することは自然な事かもしれません。

でもそれが度を超えて求めてこられるようになったら、ただのウザい人になり得ますよね。

ほどほどが大事ですね。

パンドラも悪いことばかりじゃない

悲しみ、恨み、病気、死、盗み、裏切り、不安、争い、後悔…。

パンドラの箱からはこのような目を背けたくなるものが溢れ出てくるのですが、これって本当に悪いだけのものでしょうか。

人間には感情もあり理性もあります。この厳しい境遇をうまく乗り切れた先にはとても有意義なことが待っているような気もします。

箱の底に「希望」を残したまま閉めたそのフタを開けるには、やはりその場所でもがいてでも自分の手でこじ開けるしかないんです。

それによって生涯の助けとなり支え合うことができる関係が生まれることだってあります。

常に一匹オオカミという立場で関わりを持たないように孤独を貫くことより、パンドラと戯れてみるのも悪くないと思います。

トラブルにハマるのも抜け出すのも簡単


そうは言っても、厄介なトラブルに巻き込まれて痛い目見るのは避けたいと思うのが人情ですよね。

ママ友の輪、そこには酸いも甘いもあります。

幸い、私は幼稚園ママ3年目ですが、田舎の市立幼稚園という事もあり、とても平和です。

ネットやテレビで見るような、ドラマ以上にすごい発言やイジメなどを見聞きしたことはないです。

でもいろいろと学んだことはあります。女道のリアルな社会勉強ですよ。

トラブルに巻き込まれた?

いいえ、違います。

トラブルにしている張本人はあなたなのです。

「この人がヤバイ」をしっかり嗅ぎ分ける

だいたい変なことが起こるのは、たった一人の暴走が発端だったりしませんか?

こんな片田舎の小さな幼稚園でもそれなりにブラックな話はあります。

それも、やはり発起人がいるんですよ。どうでもいい事をかき乱しておおごとにして、結局自爆して被害者ヅラする人。

そういう人を早々に嗅ぎ分けて、出来るだけ近づかないでいるという策も大事です。

自分も子供もトラブルの渦に巻き込まれたくなかったら、女同士の楽しい雰囲気に呑まれ過ぎず、冷静に人を判断していく処世術を身につけないといけません。

巻き込まれるということは、自分からその渦に入っていったのかもしれないですから。

何が起きても自分軸をしっかり持つ

私も「あれ?これってなんかトラブってない?私、これ微妙な立場じゃない?」と思う厄介なことがありました。

このままいくとヤバそうやなと思ったので、自分のスタンスを大事にして、他人に惑わされないように気を付けて行動しました。

相談されてるなと分かりましたが、私が解決できることは何もないと思ったので、ただ話を聞くだけで何のアドバイスも答えも出しませんでした。

ただ、きつく突っぱねたり、ハッキリと付き合う事を断ったりはしていません。それはそれでまたおおごとにされますのでね。

つかみどころのない人物になりきると思えば楽かもしれません。

自分の軸は大事ですが、それをそのまま伝える必要がない場合もあるんです。

そうすると徐々に自然な距離が生まれ、あまり接することがなくなっていきました。

自分の意思でしっかり考えて行動することで、たとえどこで誰に何を言われていようと、全然気になりません。

この気持ちが大事ですよね。

そこに費やすパワーを他へ向ける

ママ友同士のトラブルって本当にすごいパワフルですよね。

私はアラフォーで幼稚園ママデビューだったので、割とデンとしていられましたが、これが20代や30代だったらそうはいかないのも分かります。

他人のいろんなことが気になるだろうし、単純な女友達とは違って子供や家の事情とかを材料にマウンティングが始まりますよね。

自分の中で勝手にランク付けしたり、レベルに合わせた付き合いをしたり、そんな事を日常的にやるなんて疲れますよ。

自分を見つめず他人ばかりに気を取られる、そうすれば妬みや嫉み、憎しみや裏切りがどんどん溢れてくる事でしょう。それを何とかしようともがけばもがくほど、人を傷つけることになりませんか?

そのパワー、他に使いましょ。

ブログでも立ち上げて毎日記事更新してみましょ。

なんか、マッチポンプがここにもあるなとちょっと思いました。

まとめ


こうして記事にしてみると、なかなか難しいテーマでしたね。

全然まとまってない気がしていますが、「ママ友の世界」という、現実なんだけどどこかバーチャルの世界みたいなところでの身の置き方、を提案したかったんです。

あまりにも無駄なパワーを使って、時間やら人脈やらを台無しにしている人が多いなと思ったので。

幼稚園ママデビューが、年長からというハードルの高いものだったのですが、強固に出来上がっていたママの輪に案外スルッと早めに馴染めたのは、そこに「脱力」「俯瞰」という2つの武器があったからかもしれません。

このテーマはシリーズ化しそうです。

園ママというパンドラの話だけではなく、ママ同士として知り合ったけど子供抜きにお互いを高め合う付き合いのできる友達の話とか、今後いろいろ記事にしていきたいと思います。

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。





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